買いつけエピソード(CHARKHA papir篇)もくじ

チェコの製本工房を訪ねて 雑貨を探しにチェコへ、ハンガリーへ行く話
チェコの製本工房を訪ねて 雑貨を探しにチェコへ、ハンガリーへ行く話

【雑貨を探しにチェコへ、ハンガリーへ行く話】

アジアとヨーロッパのまんなか?きっと何かありそう!そんな予感だけで東欧を目指したのは1999年。ただの行き当たりばったりの旅から、雑貨を探すというお仕事を試行錯誤しながら旅を続けてきたチャルカのお話です。(ここには9コのお話があります)


【 雑貨を探しにチェコへ、ハンガリーへ行く話 】

1回目 好きな物の宝庫『東欧』との出会い

チェコに初めて行ったのは1999年の冬。
ろくに下調べもせず、ガイドブックもなく。
朝起きて、今日はチェコへ行ってくるわ〜、みたいな身軽な旅。
それがわざわいしたのか、行ってみると暗い雰囲気に飲み込まれるような感じで、肌が合わないと思った。
どこか別の国へ行こうとなり、プラハの旅行社に駆け込んだ。
隣国のスロヴァキアはビザが必要なのであきらめ、
飛行機でハンガリーへ行くことにした。
藤山と2人、高い飛行機代を払ってブダペストへ。
ツーリストインフォメーションは季節外れのせいか暇そうで、私たちのたくさんの質問にじっくりと答えてくれた。
なにせガイドブックがないし、予備知識もないから???がいっぱい。
文房具屋はここ、生地やはここと地図に丸をつけてもらい、かたっぱしから回ってノートや紙もの、布を買いまくって、「ハンガリーはええ国や〜!」となった。
そう、あの頃は、スーパーでもその辺の店でもどこでも、たいてい何かしら「おっ、いいやん」と思えるものがあったのだ。
版ずれした紙の悪いノート。
くすっと笑える不細工なうさぎ柄の生地。
そうそう、あの頃はね……。

【 雑貨を探しにチェコへ、ハンガリーへ行く話 】

2回目 ギフトショーに行ったけど欲しいものがない

チェコもハンガリーも、日本からの直行便はない。
パリやアムステルダムやフランクフルトで乗り継いでプラハやブダペストに行くことになる。
どうせどこかの国を経由するならそこの蚤の市も行こうとなり、フランス、ベルギー、ドイツ、オランダ、イギリス、オーストリアなど、ヨーロッパのいろんな国の蚤の市をまわるようになった。
でもそれだけでは商品が足りない。
このへんでしっかりメーカーから仕入れることを考えようとなり、いわゆるギフトショーに行ってみることに。
雑貨業界では有名なフランクフルトのギフトショー。
会場が広すぎて疲れた。
日本人のバイヤーさんがいっぱいいるし、欲しい物もないしで、1回でやめてしまった。
このとき、チャルカの好きな雑貨を作っている人たちはメジャーではなく、ギフトショーに出展できるほどの品揃えも、経済力も、体制もないんだとわかる。
ということで、足で雑貨を探す道を選ぶことに。
このやり方は時間がかかるし、しんどいし、ちゃんとやってもらえるか不安もあったけど、歩くのは苦にならないし、人に会うのも好きだし、地道に行こうと決めた。
とにかく、工場へ行って、作ってる人に会って、話をして、それから仕事。
そんなふうに動きはじめた。

【 雑貨を探しにチェコへ、ハンガリーへ行く話 】

3回目、探偵になるぞ、市場調査

何が好きか、何が欲しいか、日本になくてチェコらしいのは何か。
流行のもの、売れそうなもの、運びやすいものより、自分の感覚を大事にした。
「探すぞー!!」
お店に入ったら隅々までチェック。
いいものは見えにくいところに隠れている、というのが私の意見。
見やすいところに並べられているもの(=チェコ人的には売れ筋のお勧め品)が、必ずしもチャルカが欲しい物とは限らない。
むしろ、勢いのある今っぽいものをどしどし生産しているメーカーのものより、少し前の方法でこつこつ作り続けている雑貨のほうが、たまたま心惹かれることが多い。
そんな物たちはポツポツしか売れないので隅っこに追いやられていたり、下敷きになっていたりする。
そこを探し出して掘り出し、一度日本に持ち帰ってスタッフに意見を聞き、「やっぱり、こっちがいいでしょ」と確認したら、ここからが探偵の腕の見せ所。
どこで作っているかを見つけ出し、連絡を取り、そこに押し掛けるのだ。
どんなところで作っているかを見てみたい。
作っている人に会って、話をしてみたい。
私はチェコ語やハンガリー語が話せないので、会って、片言の英語と気合いでなんとかしようという魂胆なんだけど。
地図で行き方を調べ、メールのないとことが多いのでファックスで行きますの予告をし、次の旅で押しかけるのだ。
日本のかわいいお菓子のお土産は忘れずに。

【 雑貨を探しにチェコへ、ハンガリーへ行く話 】

4回目、生産元へ。工場のロット、問屋の仕組み

例えばノートの会社。
チェコだとブルノの辺りに紙関係の工場が多い。
「Brno Papir」というノートの会社がある。
エコペーパーを使ったノートでなかなかいいのがあるし、素朴な感じのデザインがちょいちょい残っていて、前々から気になるメーカーだった。
行ってみよう。
メールを送っても返事がないので、住所を調べて、いきなり突撃してみた。
工場を想像していたら、ところがどっこい。
小さなオフィルビルのドアの1つに、「Brno Papir」と書いてあるのみ。
ここ? ほんまに? 
確かにここがオフィスなんだけど、作っているのは別の場所。
比較的大きな街に事務所のみを置く会社が結構ある。
窓口があり、作っているのは更に田舎だったり、時にはスロヴァキアだったり。
そしてこんな仕組みの会社はヨーロッパ全体を市場として生産していたりするから、ロット(最低の注文量)が多く、チャルカは手も足も出ない。
ちなみに「Brno papir」のノートの最低ロットは20,000冊。
「Brno Papir」みたいなノートの会社をいくつかまわって、気がついた。
紙ものはロットが多いのだ。
紙を仕入れたいなら会社じゃなくて、問屋に行った方が現実的だとわかった。

【 雑貨を探しにチェコへ、ハンガリーへ行く話 】

5回目、東欧ブーム到来!?

実は、買いつけという言葉が苦手で、「ちょっとお買い物に行ってきます」ぐらいの気持ちでハンガリーに出かけ、「あらあら、かわいいものがあるじゃない」と手に入れて、持って帰る。
そんなやり方が本当は好き。
だから最初の頃は、飛行機代も宿代も自腹で、いろんなものが見れるから納得~と思ていた。
ところが、問屋に行ったり、調査をしたりが多くなるにつれ、あたりまえだけど仕事の面が増えてきて、あんまりフラフラしてはいられなくなってきた。
さらに、2005年の秋に『チャルカの東欧雑貨買いつけ旅日記』を書いたあと、向こうに行けばこの本を手にした日本人に会うようになり、東欧雑貨に興味を持つ雑貨屋が増えてライバル出現となる。
蚤の市に行ったら「チャルカさんですか?」と声を掛けられることも。
古い雑貨には限りがある。
う~ん、次なるステップを考えなければ。
やりたいことで&できることで&仕事になる方法。
考えた。

【 雑貨を探しにチェコへ、ハンガリーへ行く話 】

6回目、別の方法を探す

メーカーの多すぎるロット。
商品が一定でない問屋。
ライバル出現。
郵便局から送っているだけでは間に合わない。
飛行機代を捻出して、買いつけでしっかり仕事をする。
宿題がいっぱい。
でも、なにか方法はあるはずで、手探りを続ける。
そしたらチェコで荷物をまとめて送ってくれる船会社が見つかり、小さなロットで商品を作ってくれる作り手も見つかり、おまけに現物を見て選べるほどよい問屋も見つかった。
「本格的におやりないさい」「チェコのものを、古い物だけじゃなくて今でも作っている雑貨を日本で紹介してちょうだい」「私たち(誰かわからないけど)応援してるから〜」と、そんなメッセージのように思え、本気モードにシフトを切り替えて、まずはええ感じで応援体制を取ってくれているチェコを掘り下げることにした。
お店に行けばぱっと目につくような、大手の探しやすい商品ではなく、どこの誰が作っているのかわからないけど魅力的な商品を探して、地方へ足をのばすことに。
チャルカらしいものを求めて、行ったことのない町へ。
まずは商品ありきで、連絡先がわからなければ小さなヒントを手がかりに、さらなる探偵活動がはじまった。

【 雑貨を探しにチェコへ、ハンガリーへ行く話 】

7回目 そもそも、なんで東欧の文房具?

どうして東欧の文房具にこだわるのか?
手触りやアジと呼んでいる紙は、他の国にもある。
例えばアジア。
日本にある手透きの紙なんかも、実は好きだ。
でも、もっとも気に入っているのは、となるとどうしても東欧の文房具になる。
ヨーロッパ、アメリカ、日本の、質が良くてその割には低価格で、とても優等生な商品たち。
均一的で安定していて、不確定な要素なんてない。
そんな商品に面白みを感じないし、そもそも消耗品である文房具にそんなものを求めることが、チャルカは変わっている。
手透きの紙みたいにアジがあり過ぎても困る。
個性的ができあがっていて、そこに入り込む余地があんまりないから。
ほどよくアジがあり、ほどよく個性があり、ほどよく安心感があるのが東欧の文房具なのではなかろうか。
もっとも、それも年々減りつつある。
品質と安定を手に入れる変わりに、アジがなくなってきている。
工業製品としては、これは悪いことではない。
むしろ進歩なんだろう。
けれど、チャルカとしては残念で仕方がないと思っている。

【 雑貨を探しにチェコへ、ハンガリーへ行く話 】

8回目、信頼関係

気に入っていたデザインや素材が消えて行くことを嘆きつつも、可能な限りは、チェコやハンガリーの文房具やなんかを紹介し続けようと思っている。
このところよく通っている工房がある。
『職人ヤナタ氏の手製本』シリーズを作ってもらっている。
ヤナタ氏は紙フェチ街道まっしぐら人生を突っ走っている、偉大なる変人だ。
会って話をすると、さぁ大変。
取り出した1枚の紙、1点のサンプルの話で数時間、半日が過ぎてゆく。
注文に辿り着くまでの長い道のりを、おやつを食べながら、苦笑いしながら、時には一緒に夢中になりながら進めるのだが……。
時間切れで途中で終了となることもあるから、メドってもんがたちにくい。
紙の倉庫を探検し、忘れ去られていた紙を発見し、さて具体的に何にしようかというところで、もう帰らなくっちゃ、納品に行いかなくっちゃとなるのだ。
私はここに来るようになって、忍耐強くなったと思われる。
アセる私の横で、いたってのんびりムードの彼を見ていると、イライラするほうが損な気がする。
東欧でのものづくりは、人間関係づくりだったりもする。

【 雑貨を探しにチェコへ、ハンガリーへ行く話 】

9回目、語学の壁、でも段々ゆるくなってきた

「チェコって何語ですか?」と聞かれることがちょいちょいある。
チェコの母国語はチェコ語だ。
ハンガリーはハンガリ−語。
余談だけど、ハンガリ−語は、なんでも世界で難しい言語の1つだそうだ。
他には日本語、中国語、アラビア語なんかがあるらしい。
語学好きのハンガリー人の知人が「制覇するぞ!」と、この4つの言葉を習っていた。
そして実際に話せるようになって、旅行に行って使ってみたらとても流暢だったらしい。
私の場合は、チェコ語もハンガリー語もほとんど話せないので、簡単な英語とポイントの現地語でなんとかやりくりしている。
チェコでもハンガリーでも、母国語の次に通じるのはドイツ語、ロシア語、若い人だと最近ようやく英語も通じるようになってきた。
社会主義時代に年配の人は第2語学として、ドイツ語かロシア語を習っていたそうだ。
その名残で、チャルカがチェコやハンガリーに行きはじめた10年前には「ドイツ語話せますか?」と聞かれたものだけど、最近はこちらから「英語を話せる人はいますか?」と尋ねると、会社に一人、身近に一人ぐらいは、片言なら英語OKの人がいて助かる。
こんなところでも、この10年の変化を感じる。


Copyright © 1999-2010 CHARKHA All Rights Reserved.